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奄美大島への旅行

奄美の大きな壺
奄美の大きな壺
奄美の高倉倉庫
奄美様式の倉「高倉」

2024年12月3日

11月の終わりに初めて奄美大島を訪れた。

これまで沖縄には幾度となく訪問しているので、南西諸島にはすでにかなり理解しているつもりだった。けれど、それは私の誤解だった。

私が新しく知ったことを三つだけあげるとすれば次の三つのことだ。

ひとつめ。むかし奄美と沖縄は対等な関係で仲がよかったが、15世紀に沖縄の王が強くなった時、奄美は沖縄の支配下に入ってしまった。この支配と被支配の関係は、古墳時代のヤマト政権と地方豪族の関係に似ているかもしれない。さらに詳しく知りたいと思うようになった。

ふたつめ。第二次大戦後、奄美は沖縄と同じように米国の統治下に入ったが、奄美の人々の強い運動もあって、奄美は昭和28年に本土復帰となったこと。このあたりの状況はまったく知らなかった。

みっつめ。奄美と沖縄の文化がかなり違っていること。音楽も違うそうだし、お墓の形も違っている。南西諸島の文化として一括りにするのは正しくないないのかもしれない。それにしても、奄美の踊りの中には阿波踊りそっくりのものがあることには驚かされた。

奄美群島の人口は約10万人で沖縄県のおよそ14分の1ではあるが、その存在感は、私の中では、その人口比よりもはるかに大きいと思うようになった。

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