岩橋千塚古墳群の概要
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岩橋千塚古墳群を理解するためのヒントとなる4つの言葉です。(2025年2月15日更新)
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「特別史跡」
- 岩橋千塚古墳群は国の特別史跡に指定されている。
- 文化庁によると、現在、1,895件が「史跡」に,そのうち特に重要な63件が「特別史跡」に指定されている。
- 金閣寺や姫路城も「特別史跡」である。
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「900」
- 「900」は岩橋千塚古墳群全域の古墳の数である。
- たいていの方は、岩橋千塚で多くの古墳が密集しているのを初めて見ると、たいへん驚いてしまう。
- 例えば堺市の大仙陵古墳のように、巨大な前方後円墳が古墳であると思われていたなら、それも無理はないだろう。
- 岩橋千塚古墳群はその古墳の数において日本でも有数の古墳群である。
- さらに、 その数は今後も増えるかもしれない。実際、2022年に博物館の近くで四つの石室が新たに見つかっている。
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「6世紀」
- 古墳時代後期(ほぼ6世紀)に出現した密集した古墳は「群集墳」と呼ばれ、岩橋千塚古墳群もそのうちの一つである。
- 岩橋千塚古墳群には4世紀末以降に築造された古墳もあるが、大多数は6世紀に造られている。
- 古墳時代前期・中期(ほぼ5世紀末まで)には身分の相当に高い人たちだけが自分たちの古墳を持ったのに対し、6世紀になると、それまで古墳を持たなかった階層の人たちが自分たちの古墳を持ちはじめたようだ。
- 6世紀は社会環境が大きく変化したにちがいありません。
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「岩橋型横穴式石室」
- 特徴的な石でできあがった独特の構造が岩橋千塚古墳群の石室を特徴づけている。
- 「岩橋型」ということがその形式を表している。
- その様式は、石室の形、材料、築造方法などに違いがあり、大阪や奈良を含む近隣の地域では見られない。紀ノ川河口付近に特有のものである。
要点
岩橋千塚古墳群を理解のための参考事項をいくつかあげておきます。(2025年2月15日更新)
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被葬者
- 古墳時代に古墳が造営された岩橋千塚古墳群は、その頃に紀ノ川河口を治めた紀氏と密接に関係があると考えられている。
- 紀氏の家系の方たちが「日前宮」の宮司職を古代より代々務めておられる。
- 岩橋千塚古墳群の古墳被葬者は紀氏の人たち、あるいは紀氏を支えた人たちであると考えられている。
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名称
- 名称はもともと「岩橋(いわせという地域)にある千ほどもある塚」という意味だったと思われる。
- 現在は、略して「岩橋千塚」とも呼ばれることも多い。
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特徴
- 「岩橋型横穴式石室」と呼ばれるその特徴的な石室、またその独特の埴輪で広く知られている。
- 全域では古墳が900基ほどあり、全国有数の規模。
- そのうち、前方後円墳が28基、方墳が20基でその他はすべて円墳で、直径20m以上の円墳が25基ほどある。(サイト運営者調べ)
- その一部が国の特別史跡に指定されていて、指定域には500基ほどの古墳がある。
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岩橋千塚古墳群内の地区
- 岩橋千塚古墳群の広い地域は10地区に分けられる。
- 花山地区、大谷山地区、大日山地区、前山B地区、前山A地区、和佐地区、井辺前山地区、寺内地区、そして、山東地区。
- 特別史跡に指定されているのは大谷山地区、大日山地区、前山B地区、前山A地区と和佐地区の一部(天王塚古墳)。
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岩橋千塚古墳群の古墳が築造された(推定)時期
- 全域では、4世紀末〜7世紀の初めにかけて築造された。
- 頻繁に築造された時期は場所ごとに異なっていた。
- 例えば、前山A地区では5世紀中頃から6世紀末まで築造された。
- また例えば、大日山地区では6世紀前半から中頃に築造された。
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岩橋千塚古墳群の代表的な前方後円墳の全長と推定築造時期(参考:和歌山県2025、丹野・米田2018)
- 花山8号墳(52m、4世紀末〜5世紀初め)
- 大谷山22号墳(88m、6世紀前半)
- 井辺八幡山古墳(88m、6世紀前半〜中頃)
- 大日山35号墳(73m、6世紀前半〜中頃)
- 天王塚古墳(88m、6世紀中頃)
- 将軍塚(42.5m、6世紀中頃)
岩橋型横穴式石室
岩橋千塚古墳群の横穴式石室の様式は大阪や奈良の石室(畿内式)とはまったく異なります。その違いは、築造材料や構造などにあります。(2025年2月15日更新)
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埋葬施設の代表的な種類
- 粘土槨
- 箱式石棺(「室」はない。)
- 竪穴式石室(一人用の「室」がある。5世紀に盛行。)
- 横穴式石室(石室に水平通路。二人以上の埋葬可能。石室閉塞。5世紀に北部九州に出現。6世紀に他地域で盛行。)
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石材
- 岩橋千塚古墳群の石室築造で使われた材料はもっぱら結晶片岩。
- 結晶片岩は薄い層に裂けやすい変成岩の一種。
- レンガのような平たい板の状態で積み上げられてわずかに内側に傾斜した内部壁面となっている(「持送り」技法)。
- 結晶片岩の自然な姿(露頭)を園内遊歩道でも簡単にみつけることができる。
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石梁と石棚
- 両壁をつなぐ「石梁」「石棚」と呼ばれる水平部分も特徴的。
- 石梁と石棚は石室の構造を強化しているとも考えられている。
- いずれにせよ、実際、ほぼすべての石室が約1,500年のあいだ元の形を保っていることは驚くべきことだ。
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棺がないこと
- 棺は、大阪や奈良を含めた畿内地方の横穴式石室で見つかっている。
- けれども、岩橋千塚古墳群では棺の部品が確認されていない。
- 北部九州の石室のいくつかでも棺が見つかっていないのは興味深いことである。
- 古墳時代には、和歌山の紀氏と北部九州には流力者には何か特別な関係があったのかもしれない。
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入室可能な石室
- 現在、入室できる岩橋型横穴式石室は七つ。
- 無料で、常時可能。
- その多くは博物館に最も近い前山A地区にある。
- 前山A13号・46号、将軍塚には入室者が多い傾向。